瀟洒な一室であった。
生徒会のメイド喫茶の会場である。
完璧を目差す生徒会、無論、和室でメイド喫茶などという愚を犯すことはない。
とある一室を、完璧に改装していた。
見た目は確かに地味である。だが、見る者が見れば、そこに備え付けられた調度品は、椅子の一脚、蝋燭の一本にいたるまで、最上級の物が使われていることを見て取っただろう。真の上流階級——己が一流であることを、当然と受け取る者たちにとってこそ、愛される品々が用意されていた。
それは、そこに集う者たちとて同じであった。
襟在一郎の特訓によって育成されたメイドと執事たち。背筋をピンとのばし、その衣服にはいかなる乱れもなく、その立ち振る舞いにはいかなる隙もない。そして、その完璧なあり方ゆえに調度品のなかに溶け込み、主の思索を、歓談を、けして邪魔することのない者たち。
だが——そんな彼らと彼女らの表情には、不安の影が差していた。
「開場まで、あと、30分だけど——会長——こないな」
「まさか、猫語がしゃべれないから——思い詰めて——なんて」
「これ——開幕の言葉のテープだ……戻ってこなかったら、これを使えって——オレ、とりあえず放送室に行くわ——」
「オレのせいだ! オレが、オッパイ星人だったせいで、会長が!」
「そんなことあるわけないだろ、宮本。クラスの企画あるんだろ、もういかないと」
「会長をおいていけるか! 会長が死んだら、オレも死ぬ! 墓石はオッパイ型で頼む!」
黒髪の猫耳メイド美少女が飛び込んできたのは、その瞬間であった。
「皆の者、待たせたにゃー!」 ご主人様に奉仕することを至上の喜びとする、一人の猫耳メイド少女が、そこにいた。
「心配をかけたにゃ! 今日は学園祭の当日にゃ! 生徒会一同、誠心誠意、ご主人様にお仕えするにゃ!」
「会長!」「会長!」「会長!」
執行部員たち、いや、メイドと執事たちの声に、沖は頷く。
そして、問うた。
「皆の者、聞くにゃ。沖はこの通りの体型にゃ。胸では、到底、魔女喫茶のガーネットには勝てないにゃ。それでも、皆、沖について来てくれるかにゃ?」
部員たちは一斉に答える。
「何を言うんです! 貧乳は希少価値です! ステータスです!」
「あんなものは飾りです! えらい人にはそれがわからんのです!」
「会長の魅力で、巨乳派を撃滅しましょう!」
その勢いに、一体自分は、何を恐れていたのか、と沖は思う。
「お、おぬしら——」
目じりに、一つ、星が、きらめいた。
だが。
そんな歓声に沸き返る生徒会執行部員たちのなかで、ただ一人、孤立する男がいた。
誰あろう、伊都夏大学園希代のオッパイ星人、宮本武であった。
自然、執行部の視線は、彼にあつまる。
やはり、いかな会長の魅力も、生まれついての性癖には無力なのか——
そんなあきらめにも似た空気が流れるなか——
だが、宮本は——ぽつりと呟いた。
「——ないのも——いい——」
刹那。
おおおおおお、という地響きのような声が、執行部から上がった。
それは、勝利の瞬間であった。
いかなる巨乳派といえども、沖の前には屈せざるを得ない——その、圧倒的な証明であった。
「勝った!」
「会長の魅力が、宮本に勝った!」
「万歳! 会長万歳!」
盛り上がる執行部員たちのなか、
「会長——」
沖の前に進み出た宮本は、眼に涙を浮べて言った。
「オレを殴ってください」
そう、言った。
「オレは途中で諦めてたんです。会長には乳がない、胸のない会長はガーネットの魔女喫茶には勝てないって。だって会長はむにゅ——ひでぶぅっっっっ!!!!!!!」
言い終わる前に——今度こそ、沖の薙刀が一閃していた。
沖は、ハッとそこで、我に返る。
それから「宮本」と声をかけた。
「沖を殴れ。沖は今日、たった一度だけ、諦めかけた。生まれて、はじめて諦めかけたのだ——胸のなさに負け——おぬしらを裏切ろうとしたのだ———」
よろよろと立ち上がった宮本、おそるおそる、手を沖の前にもっていき、人差し指で軽く、沖の小さな額を弾いた。
「会長!」
「宮本!」
『ありがとう!』
そうして、二人は同時に言い、それから嬉し泣きにおいおい声を放って泣いた。
そんな二人に声をかける者があった。
いつからそこにいたのか。
新聞部部長の日下部雨火——沖を悩ませた書いた張本人であった。
「私が間違っていました」
だけど、彼女は、沖に向かってそう言った。
そうして、彼女は、頭を下げた。
「あなたたちは、私の記事に勝ったのです。
貧乳萌えとは、決して空虚な妄想ではなかった。
どうか、私も仲間に入れてください。
私の願いを聞き入れて、あなたの無乳を称えさせてください」
どっと執行部の間に、歓声が起こった。
『万歳、無乳万歳!!』
「む、む、む、無乳言うにゃ—————————————————————!」
そうして沖の一際大きな叫びが、雲一つ無い伊都夏大学園の青空にこだまするのであった。
(完)